Travel History
プラハの旧市庁舎の天文時計にて
8.16 SAT 快晴 トラムで移動
プラハ歴史地区の西岸を中心に回る。朝一番にプラハ城へ。朝9時は、ほとんど人がいないが、10時になるとツアー客で大混雑。聖ヴィート大聖堂から旧王宮、衛兵の交代式を見て、火薬庫、黄金の小径・・・これだけ回るともう午後2時。美しい図書館で知られるストラホフスキー修道院、綺麗なドームの聖ミクラス聖堂をまわり、再びプラハ城に戻る。午後5時半から城内の聖イジー教会で、弦楽五重奏のコンサートのチケットを買っていたのだ。ビバルディの「四季」など5曲演奏。すばらしい音響に、「中世の音楽院・プラハ」を体験できた。夜のカレル橋は、観光客と絵や写真を売る人たちで大賑わい。ヴルタヴァ(モルダウ)川の向こう見えるライトアップされた城の美しさにまたまた感動! 
プラハの聖ヴィート大聖堂にて
8.19 TUE -20 WED
朝6時半起床。8時にチェックアウトして搭乗。この便も30分遅れで、パリの乗り継ぎもすれすれに。そしたら、この便も40分遅れ。機内で日本人のフライトアテンダントが謝罪に来たが、もう返す言葉もない。成田空港で遅延証明書をもらったが、なぜか欠航便が記録上は離陸していたのだ。なんていい加減な会社なのだろう。エール・フランスのせいで、旅の終わりが台無しになった。
チェコを旅して
・治安も、料理も、道路事情も最高の部類に入る。非常に旅がしやすい国だ。ただ、国内のガイドブックで一番情報量がある「地球の歩き方」でも、不十分だった。現地に「世界遺産ガイドブック」なるものがあり、買って重宝した。
・料理は安く、ビールも量がある上、非常に安い。プラハは地方に比べれば、少し高かったが。
・車で行く場合、高速道路はあまり多くないが、地方道も田園を心地よく走ることが多かった。運転マナーも極めて良い。ただ、プラハ周辺の高速道路は行き先が分かりにくい(これは、外国人にとっての東京の首都高と同じかもしれない)。
・英語は、プラハではたいていの場所で通じる。発音もいい。しかし、地方になるとほとんど通じないことも。ミネラルウォーターを頼むのにも一苦労だった。チェコの東半分(モラヴィア地方)は外国人観光客が少なく、特にその傾向が強い。
 
プランニング・アドバイス
・道路地図はEuroMapを使った。ホラショヴィツェに行くときは、細かい集落が載ってないと、到着は困難だ。地図上で計った時間よりも、実際は時間がかかった。道路工事があると大きく迂回させられることもあるので注意が必要。
・城館や宮殿は、ほとんどがガイドツアーによるグループ見学になる。30分間隔の出発が大部分だったが、ツゲンドハット邸は1時間間隔だった。待ち時間は全体の旅程にも影響するので注意が必要。
・自戒を込めて。プランには余裕を。特に帰りの便が乗り継ぎになる場合、欠航・遅延も計算に入れておこう。少なくとも、ぎりぎりの乗り継ぎ時間は(たとえ旅行会社がOKと言っても)避けたい。

8.17 SUN 快晴 地下鉄・トラムで移動
プラハ2日目。東岸を中心に回る。朝一番のカレル橋は人影も少ない。旧市庁舎の天文時計で9時の「からくり」を見る。プラハの観光客の出足は遅い。10時のからくりには群集ができていたが、9時は数人しかいなかった。旧市庁舎の塔、カレル橋の塔、火薬庫の塔と、「百塔の町」の塔を次々制覇! 新旧シナゴーグや市民会館なども回る。夜8時からはチェコ名物のマリオネット劇場。とてもユニーク。なぜか韓国人の客が多く、解説書も日本語はないのに朝鮮語はあった。地下鉄とトラムを乗り継ぎ、午後11時半にホテル到着。
ティーン聖堂にて
8.18 MON 快晴のち雷雨 地下鉄・トラムで移動
悪い予感はしていた。エール・フランス最終便20時55分のパリ行きだったが、パリでの乗継時間が短くて心配だったので、朝11時半に空港へ行き、早い便に交換してもらえないか交渉した。粘ったが「格安航空券なのでダメ」。別の航空券を買う、と言ったが「on time」と答えるばかり。エール・フランスは行きも遅れており、信用できない。が、冷たい対応に、もうあきらめるしかなかった。プラハに戻ってヴルタヴァ川クルーズをした後、再び空港へ。ここで予想は的中。遅延どころか、荒天で欠航となったのだ。大ショック・・・、帰国が一日遅れる・・・。ヒルトンホテルを用意してくれたが、旅行代理店やじょびの会社に電話したりで、寝たのは午前3時半・・・。じょびは神経性胃炎に。