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| ハトシェプスト女王葬祭殿。王家の谷へ続く山道にて |
| 1.25 SUN 雪(日本) |
| 初のアフリカ。初の中東。自衛隊のイラク派遣が迫っていた。治安情報を確認して出発を決めた。朝7時すぎ、自宅を出発。関西空港へは南海の「ラピート」で快適、快適。初めて乗ったKLMオランダ航空は、サービスは簡素だが、機内食の味も標準で、まあまあ。12時間のフライトでアムステルダム・スキポール空港に到着。仮眠コーナーで休んだ後、オーバーブッキングで遅れたカイロ便に搭乗。翌日1時20分、エジプトに到着した。入国審査に1時間もかかった。 |
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| ガーマ・ムハンマド・アリにて |
| 1.26 MON 快晴 |
| 今回の旅で、最も不快だったのは、タクシー運転手との交渉と、バクシーシ(喜捨)だった。早速、洗礼を受けた。イスラム都市カイロを回ろうと、ホテル前のタクシーと交渉。「地球の歩き方」の倍の値段を提示された。最後は交渉負けし、乗車した。考古学博物館では、開館と同時に小走りダッシュ。真っ先にツタンカーメンの仮面の部屋に到着。オールド・カイロでは、コプト教の教会とガーマ・アムル(モスク)を訪問。モスクは初めて。靴を預け、返してもらうときにバクシーシを要求された。世界最大級のモスク、ガーマ・スルタン・ハサンに寄った後、シタデルへ。とりわけガーマ・ムハンメド・アリは青空をバックに美しかった。驚いたことに、シタデル内の子供たちにみとーが大人気。次々と声をかけられ、写真をねだられ、挙句には「あなたのような美しい方に会えてうれしい」とまで言われてしまった。エジプト人は親日である。 |
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| メムノンの像にて |
| 1.27 TUE 快晴のち曇 |
| エジプト航空でルクソールへ移動。またやられた。チェックインでカウンター前に並んでいたのだが、いつまでたっても前に進まず、焦った。気づくと、エジプト人が、後から来た何人ものエジプト人の航空券をまとめて手続きしていたのだ! 欧米人も困っていた。ルクソールに着いて、またやられた。タクシーと激しい交渉の結果、市内まで25ポンドでまとまったのに、運転手が交渉人と違ったのだ。動き始めてから35ポンド要求してきた。ついにみとーも「降りる!」と怒鳴った始末。そんな訳で、観光にタクシーを使うのは嫌だったので、サイクリングすることにした(中国製おんぼろ自転車だが)。古都テーベとその墓地遺跡のうち、ナイル東岸のルクソール神殿、カルナック神殿、ルクソール博物館を訪問。夜は「音と光のショー」に参加。偶然にも日本語の回、ラッキーだった。 |
| 1.28 WED 快晴のち曇 |
| 古都テーベとのその墓地遺跡のサイクリング2日目。朝6時40分、ナイル川を船で渡り、西岸を回る。メムノンの巨像を通り、ハトシェプスト女王葬祭殿へ。ここに来る人のほとんどが感じることだと思うが、97年のテロで日本人10人を含む62人が犠牲になった。そんな悪夢を全く感じさせない平和な朝だった。葬祭殿の裏の山をトレッキング(50分)して、王家の谷へ。特にラムセス3世、6世の墓の装飾には感動。禁止されている写真を撮った人と係官が激しい口論を続けていた。山を越え葬祭殿に戻り、サイクリングを再開。貴族の墓、ラメセウム、ラメセス3世葬祭殿を回る。途中、何度も子供を含む地元の人たちに声をかけられた。「なんてホスピタリティーのいい国なんだろう」とも思ったが、気になったことも一つ。ほとんどの人が別れ際にこんな日本語を使うのだ。「さらばじゃ」 |
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| カルナック神殿にて |
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